▼はじめに
本校は旧北会津郡川南村を学区とし、古い歴史と伝統に輝く学校である。開設は明治5年にさかのぼる。北会津村の南部、田園の中に位置する児童数149名教職員数12名の小規模校である。他町村の例に漏れず、少子化が進み年々児童数は減少一途を辿っている。農村地帯にあり、3世代家族が大半であることから児童の性格・気質は温厚であり、素直な児童が多い。また、教育に関心の高い家庭が多く、参観日や諸行事には保護者の出席率が高く、協力・支援を惜しまない。本校は、「地域の教育力を生かし、地域に開かれた学校」を学校経営の一つの柱として進めてきている。平成11年度からは、現職教育に「総合的な学習の時間の進め方」を位置づけ、教科・特別活動に地域の教育資源の導入と地域学習を取り入れてきた。
▼本校の教育目標等
・教育目標
豊かな心とたくましく生きぬく力を持ち、郷土北会津を愛する児童を育成する
- 思いやりのある子ども
- 健康でたくましい子ども
- 学習にはげむ子ども
・重点目標
【郷土北会津を進んで知り、かかわり、誇りをもつことのできる川南の子ども】
豊かな心を持ち、道徳的実践力のある子の育成
- 豊かな体験を通した、心の教育の充実
- 個のよさを見つけ、伸長させる積極的生徒指導の充実
- 自ら考え、判断し、実践できる諸教育活動の充実
心身共に健康で、最後までがんばる子の育成
- 意図的・計画的な体力づくりの推進
- 予知・予防的な保健指導の充実
- 判断力を育てる安全教育の充実
追究力があり、確かな学力の身についた子の育成
- 課題追究力を培う問題解決学習の充実と総合的な学習の実践
- 確かな学力を身につけさせるための学習指導の改善と工夫
- 地域の教育力や地域学習を積極的に取り入れた学習指導の工夫
▼郷土文化財の継承 (川南小小松彼岸獅子クラブ)
・獅子クラブ立ち上げについて
- 獅子舞の美しさ 品性のよさ
- 永い歴史・伝統的をもつ由緒あるおどり、村の文化財
- 児童の誇りにできる 文化のすばらしさ触れる喜び
- 獅子舞を通しての地域との関わり(地区巡り)
- 学校の特色(特色ある学校づくり)
・鬼太鼓で迎えてくれた行谷小学校6年生との交流
トキの里、新穂村(佐渡ヶ島への修学旅行)
初めて川南小学校の6年生を迎えてくれたのは、行谷小学校6年生と地区の青年達でした。その時のインパクトの大きかったこと。川南地区にも、鬼太鼓に負けない彼岸獅子があると思ったものでした。
・これまでの経過
平成11年度
10月末の川小祭りに小松彼岸獅子保存会の獅子舞を見学、年度末、獅子舞の指導を依頼、学校の要請に対する保存会の悩み
- 昼間の時間に,定期的に学校に行けるか。
- 現在まで頑固に護ってきた門外不出の舞を外に出せるのか。
- 果たして子供たちが習得できるのか。
- 今後色々な条件の中で、正確に芸を指導しこの事業を続けることが出来るのか。
*このような難問に、直にOKの答えはいただけませんでした。何度か保存会と学校側で話し合いを重ねました。
平成12年度
5月〜:小松彼岸獅子クラブ発足、練習開始
*クラブは2時限続き、9回、計画とまとめは1時限、総時間数は20時間、保存会よりOBの先生3人が指導、太夫獅子、牡獅子、雌獅子の各先生
7、8月:夏季休業の特別練習 数回
保存会よりOBの先生4人が指導
夏季休業の特別練習
クラブ活動の時間だけの練習では、間が長すぎて忘れてしまうということから夏休みの特別練習が組まれたのです。いつも「本当に踊れるのだろうか」という不安が、指導者も児童も頭から離れなかったようです。笛と太鼓にも保存会の応援が始まりました。
10月:発表前の特別練習 数回
「川小祭りでの発表」
「村の生涯学習フェスティバルでの発表」
*北会津作文コンクールで特選
おどれたよ!彼岸獅子
年間30日にのぼる練習日に、児童は着実に芸を学び、習得しました。その成長に、指導の先生方が一番喜んでくれました。そこには児童の「踊る喜び」が、先生方には「教える喜び」が生まれていました。児童は、素直にその気持ちを作文に表しています。
3月:小松彼岸獅子足揃い (出発式で発表)
春の特別練習 小松地区集会所 数回
小松彼岸獅子足揃い、保存会恒例の足揃いの式では、本校の児童による獅子舞も入れていただき、大勢の小松地区のお年寄りの方々に喜んでいただきました。観衆は、惜しまず拍手をおくってくれたのです。
村 彼岸獅子衣裳用具一式13年度予算計上
会津振興局 13年度サポート事業支援決定
平成13年度
5月:獅子クラブ活動の開始
踊りに加え、笛や太鼓の本格的な練習が始まる。
6月:村「ホタル祭りでの発表」
ホタル祭りは村の一台イベント、オリジナルの民話劇のストーリーに本校児童の獅子舞が組み込まれています。辺りは夜の闇、ホタルが描く黄色いヒカリの残像と獅子舞の踊りと笛太鼓が幻想の世界を創造するのです。
7月: 須賀川の「未来博での発表」川南小小松彼岸獅子保護者会発足
未来博で踊ろうは、クラブ員の合い言葉、この日のためにつらい練習にもがんばれたのです。獅子クラブ員の堂々たる発表に、詰めかけた満場の観衆は、惜しまず拍手を送ってくれたのです。三曲目の新しい踊りが披露されました。
9月 :「全会津芸術文化進行会議での発表」
本村で開かれたこの会議、伝統芸能の継承という保存会の事例発表の後に、本校児童の獅子舞、そして保存会の獅子舞の披露がありました。笛と太鼓に保存会の方がついてくれています。まさにこの姿が、伝承・継承の姿なのです。
村「敬老会での発表」
会津高田町「宮川荘での発表」 特別老人ホーム
高齢者保健施設「美野里での発表」
地区巡り「西麻生集会所」大字麻島地区
宮川荘・美野里・西麻生での発表
宮川荘には、北会津村から入られているお年寄りが十名ほど居られたのですが、その中で数名の方がご覧になりました。「もう、こんな機会はないと思っていた。」と涙ながらに喜んでくれたのです。地区巡りの西麻生では、新仏がでられたご家族から、「ありがたい、とてもよい供養になります」との感謝の言葉をいただいたのです。折しも地区巡りは、秋の彼岸入りの日だったのです。
10月:「村の生涯学習フェスティバルでの発表」、「川小祭りでの発表」
*保存会の踊りの保存と伝承
*会津大学でのCG、DVD撮り
▼終わりに
6月の村の「ホタルまつり」に始まり、学校の「川小まつり」で、本年度の発表は幕となった。先ずはなんとか初期の目的を達成できたことに胸を撫で下ろしている。振り返ってみると、獅子会OBの先生方が喜んで教えてくれたこと、児童自身が本気になって踊りや太鼓、笛の練習をし、その活動の中で自分の成長が確認できたことが一番うれしいことである。このことは、これまでの会の規約を曲げて指導を許して下さった保存会の会長さんをはじめ、役員の方々の勇断があり、更に協力を惜しまないOB・現役の指導の先生方のおかげである。宮川荘では、涙を流して喜んでくれたお婆ちゃんやお爺ちゃんの姿を見て、また地区巡りでは、新仏の供養となると喜んでくれた地域の方々の心に触れて、これまでの苦労も忘れ喜んでいる。私たちは今、児童の傍らで踊りや笛や太鼓を見守って下さっている保存会の皆さんに、また、この活動に支援と協力をいただいた村当局、教育委員会、保護者の方々に感謝の気持ちでいっぱいである。学校の誇り、郷土の誇りとして末永く続けていきたいと願っている。
▼川小子ども彼岸獅子(六年)
「どうぞ、川小子ども彼岸獅子をごゆっくりとご覧ください。」十月二十九日、私は、今やりとげた充実感でいっぱいです。北会津村に生まれ育ちながら、郷土芸能である小松彼岸獅子を見たこともなかった私が今、全校児童の前で、村民の前で堂々と踊り、たくさんの拍手をあびています。私たちが住んでいる北会津村では、小松彼岸獅子会の人たちの手で今でも彼岸獅子が守られ受け継がれています。彼岸獅子は、祖先の供養とその年の豊作などを祈る春の伝統行事だそうです。会津の各地で彼岸獅子舞は行われているのですが、小松彼岸獅子舞は松平の殿様から、唯一葵の紋が許されました。
私が、彼岸獅子を知ることになったのは、今年できた郷土芸能クラブに入ったことがきっかけでした。クラブ担当の先生に、「会津の郷土芸能である小松彼岸獅子を教えてもらって、川小まつりと村のフェスティバルで踊ってみないか。」と声をかけられました。
二回目のクラブ活動の時間にさっそく小松彼岸獅子会の三人のおじいさんに踊ってもらいました。ついさっきまでやさしくほほえんでいたおじいさんたちの表情が、みるみる変わり、三人の息がぴったり合い目が真剣そのものでした。独特な踊りなので、おかしくてやだなと思った自分がはずかしくなりました。踊り終わったおじいさんたちの顔には円満な笑みが浮かんでいました。引退したおじいさんたちがなぜ忘れずにいるのか不思議でした。おじいさんにそっと聞いてみるとこんな返事がかえってきました。「獅子舞を踊るのが好きだからっていうこともあるが、獅子頭をかぶって踊るまでには、六年かかっているからな。忘れることはできないんだよ。鶴ヶ城の祭りの行事の時、小松彼岸獅子が先頭に立って踊っている姿を、昔はみんながあこがれていたからな。」と話すお爺さんの顔はとてもうれしそうでした。
このような獅子舞に対しての思い入れがあるからこそ、今でも受けつがれているのでしょう。まず、最初に私が教えてもらったのは、「おおぎり」という踊りでした。この踊りは前に出たり、後に下がったり、太夫獅子に合わせて進んだり下がったりと細かい動きがたくさんある踊りでした。細やかさの中にも三匹の獅子の息も合わせなければならないところが大変でした。
次に教えてもらったのは、「おかざき」という踊りでした。足の動きに合わせて首を振る動きが多く、首を深く曲げすぎてもいけないという細かいところに気をつかいながらの表現は難しいものがありました。
どうにか二つの踊りを覚え、今度は踊りの約を決めるという時に、獅子は、牡獅子、雌獅子、太夫獅子の三役からなっていて雌獅子は、三匹の中心になるので一番責任があるということを聞きました。どうせやるのなら一番責任のあるという雌獅子だと思い、自分から進んで、やってみたいという気持ちを伝えました。彼岸獅子にのめり込んでいました。
それから、夏休みにも四回ほど、特別練習がありました。せみの鳴き声も暑さも忘れ、早く覚えたいという一心で練習しました。しかし、どんなに練習してもおじいさんたちの踊りにはかないませんでした。思い入れが違うのでしょうか。それから夏休みに一回だけ、太鼓と笛をつけて踊ったことがありました。踊っているときは、無我夢中だったのでどんなふうに踊ったのかも覚えていないほどでした。でも、衣裳をつけたあの日のことはしっかり覚えています。おじいさんたちが六年かかってやっとつけることができた獅子頭を半年で私たちがつけられたのですから獅子頭をのせられた時、獅子頭にこめられたおじいさんたちの思いと責任とかが重さになってのしかかり、「やらなくては」という気持ちにさせられました。舞台を終えた私たちに、さらに大きな拍手で迎えてくれた人たちがいました。私を指導してくれたおじいさんたちでした。「ほんとうにすばらしかったよほんとうに。」と言っているおじいさんたちの目に涙が光っていました。彼岸獅子を体験し、伝統を守り続けるすばらしさを感じ取ることができました。上手に踊れたうれしさや彼岸獅子を支える人たちの思いを後はいにも伝えていきたいと思います。いつしか、皆さんの前で川小子ども彼岸獅子をお見せすることを約束します。
▼小松獅子会先生様方へ(川南小郷土芸能クラブ員保護者)
先日行われました川南小まつりで子供達の踊る姿を見て、大変感動いたしました。子供達に、ここまで踊れるように御指導していただいた先生方に、親としても一言お礼を申し上げたく思います。「本当に色々と御指導ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。」郷土芸能は地域の方々の協力があってこそ。教えて下さる人がいなければ決してできない事です。子供を生んでその一ページの中で我が子が獅子を踊る姿を見れるなんてとても親としても幸せです。子供も身体で覚えたことはずっと忘れないと思います。子供も首が痛いと言いながらも踊るのは楽しいと言っていました。発表が終わってからも身体がひとりでに動くんだよね・・・と。
朝の目ざめとともに踊っていた日もありました。獅子を踊った・・・この思い出は・・・決してお金では買うことのできないものです。それができたのも、学校の先生方、そして、何よりも御指導して下さった小松獅子会の先生方及び獅子会のみなさんの協力があったからです。川南小の子供達はやさしい先生方、そして、あたたかい地域の方々の中でクラブ活動ができて幸せです。本当にありがとうございます。心よりお礼申し上げます。これからもご指導よろしくお願い申し上げます。