|はじめに|川南小学校での取り組み|小松彼岸獅子|獅子会とは?|ししまい君(3D)| |
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●はじめに 福島県は、風光に恵まれ、その地その村に、古くより伝えられる郷土芸術が豊かに根付いています。特に会津地方には、人々に受け継がれてきた五穀豊穣、災厄除去としての郷土芸能、会津獅子舞があります。徳川家康の孫にあたる保科正之公が、信州信濃高遠より出羽国最上に移り、寛永二十年に会津鶴ヶ城主として赴任される時、獅子を先頭として堂々入城されたのが会津における獅子舞の始まりと伝えられています。歴代の城主の庇護のもとに全盛を誇った時代もありました。 その中でも北会津の小松獅子には、立派な歴史があります。それは戊辰戦争の時、田島口を守っていた若干、24才の国家老、山川大藏(後の陸軍少将山川浩)は、敵が若松の入口、飯寺まで迫った時、一計を案じ、小松の獅子を要請しました。小松では早速、板木を打ち叩き、お殿樣へのご恩に報いようと一組の獅子を結成し、堂々と突進し敵軍はこのいで立ちに、あっけにとられてしまい入城を許してしまいました。ろう城していた者もその獅子の笛の音を聞き、黒金御門を開けて泣いて迎えたといわれています。その後、明治4年に御薬園において、松平容保公が小松獅子の功績をたたえ、太夫獅子の頬掛けに葵の御紋を与え、高張提灯に使用を許可したという歴史を持っています。 このマルチメディア教材は、平成13年度、福島県のサポート事業を受け、川南小学校、小松の獅子会、北会津村の協力により制作されました。実際の踊りをモーション・キャプチャー技術を使い、コンピュータに取り込んだ最先端のCGやそのドキュメンタリー、参考文献等を収録しましたのでどうぞ彼岸獅子の素晴らしさ、人々の想いをこころゆくまでお楽しみ下さい。 |
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